| 第7回 会ったことがなくても ともだちはともだち |
2005.12.09 |
両親、兄弟、祖父母、先生、友だち…。子どもたちはさまざまな人々に囲まれて生活しています。今回は、まったくの他人であるにも関わらず、楽しみや悲しみを共有できる「友だち」という存在に様々な角度からアプローチしました。
まずはじめの題材として読んだ絵本は、内田麟太郎・作「ともだちや」。子ども達が大好きなオオカミとキツネの「ともだちや」シリーズ第一弾の絵本です。
1時間100円で「ともだち屋」を始めることを思いついた寂しがりやのキツネ。しかし、商売はなかなかうまくいきません。そんな時、「トランプのあいてをしろ」と声をかけてきたのはオオカミ。トランプの後にキツネがお代を請求すると、オオカミは目をとがらせて怒ります。
「お、おまえは、ともだちから かねを とるのか。それが ほんとうの ともだちか!」
子ども達に問いかけました。
“ともだちって売れるのかな? 買えるのかな。”
子ども達はいっせいに答えました。
「絶対に売れないし、買えない!」
「もし、誰かにお金をあげるから友だちになってって言われたらいやだし、なりたくない。」
「友だちって、いっしょに遊んだり、しゃべったり、ケンカしたりしながらつくるものだよ!」
子ども達は、自分の体験を心の中で思い出しながら、それぞれの思いを発表してくれました。
次にみんなで読んだのは、谷川俊太郎・作「ともだち」です。
ともだちって かぜがうつっても へいきだって いってくれるひと。
ともだちって いっしょに かえりたくなるひと。 ・・・・・
わずか1行、2行ほどの詩とイラストが、子ども達に様々なことを投げかけます。みんなにとっての「ともだちって?」と尋ねると「学校を休んだ時にお手紙をくれるひと、ころんだときに手当てしてくれるひと、ひみつをいえるひと、大人になってもわすれないひと」・・・・・・・素朴で、心がほわっとする言葉がたくさんたくさん飛び出してきました。改めて、ともだちのいいところ、ともだちと助け合って生きている自分の存在を見つめることができたようです。
この本の最後には、世界の国々の子どもたちの写真が出てきます。車椅子にのった少年がまっすぐこちらを見つめる写真のページには「どうしたら このこの てだすけができるだろう。あったことが なくても このこは ともだち。」という詩が、ふわふわのベッドに寝ている子どもと吹きさらしの屋根の下の地べたに寝ている子どもの写真のページには「おかねもちのこ まずしいこ どうしたらふたりはともだちになれるだろうか。」という詩が添えられています。子ども達はその写真を見て、口々に言いました。
「お金持ちの子が、貧しい子にお金をあげればいいんだよ。」「お金持ちの子が、ゲームを貸してあげたらいい。」
「貧しい子がお金持ちの子の家に遊びにいけばいい。何でもあるから。」
意見は皆、『お金持ちの子⇒貧しい子』という図式で、「なにかをあげる(与える)」という意見しか出てきません。これでは少し矛盾するのです。さっき子ども達が言い切った答えと・・・。
「友だちって、売ったり買ったりできないんじゃなかったっけ??」
子ども達ははっとした顔で言いました。
「ほんとだ・・・。」「そうだった・・・。」教室に沈黙が流れます。
「いっしょに遊べばいいんだ!おにごっことかかくれんぼなら、どこででもできるもんね。」
「とにかく会ってみないとね!話をしたら気が合うかもしれないね。」もちろん、全部のクラスの子ども達が「何かを与えればいい」という反応だったわけではありません。 「お金持ちでも貧しくても、ともだちになれるさー。助け合えばいいんだよ。」とはじめから言ってくれた子もいます。でも、圧倒的に前者の意見が多かったことは確かです。
私は、「何かを与える・何かをしてあげる」ということがいけないことだとは思っていません。誰だって、自分よりも困っている人に出会ったら、何かしてあげたい、助けてあげたいと思うのは当然のことだと思うからです。 ただ、それは相手の気持ちや相手の置かれている状況をしっかり理解した上で、ということを忘れてはいけないのではないでしょうか。
私には、こんな経験があります。以前に働いていたスクールでのエピソードです。スクールでは毎年、食料不足が深刻な問題になっているアジア・アフリカの国々に送る「お米」を育てるための田植え・稲刈りやお米の輸送費を自分たちで生み出すためのフリーマーケットに取り組んでいました。世間一般に「すばらしい活動だ」と賞賛される中で、私達スタッフには悩みがありました。「持つもの」から「持たないもの」へ物が流れていく現実を目にした子どもたちに、「ぼくらは貧しい人達を助けてやってるんだ。」という傲慢な気持ちが生まれないだろうか、そこに人を思いやる気持ちがしっかり育つだろうか、という不安です。 そんな時、青年海外協力隊の任務で、実際に現地で生活してきた方に出会いました。彼は朗らかな笑顔で子ども達と私たちに語りました。「アフリカってね、すっごいステキな国なんだよ。自然もいっぱいあって、動物達もたくさん住んでる。それにね、アフリカの人ってすっごく歌がうまいんだ。でも、雨期と乾季があって植物がうまく育たない。だから、食料が少なくて困っている地域もあるんだ。」 私は、その時、大きな衝撃を受けました。私は何も知らなかった、いえ、知ろうとしていなかったのです。そこに暮らす人々のことも豊かな大地のことも。「貧困」というその一面だけを見て「何かしなければ」と必死になっていたのです。その頃から、私たちスタッフも子ども達も、この活動のことをこんなふうに表現するようになりました。「アフリカは自然も動物もいっぱいあってすてきな国。でも植物がうまく育たない。日本はお米が育ちやすい国だから、ちょっとでもお手伝いできたらいいね!」
稲刈りの時に、子どもたちは、自分の「写真」をノートにはってお米といっしょに届けました。
「日本のぼくからアフリカのきみへ ぼくと君ははじめてだけどなかよくしよう。・・・ みんなで作ったお米を送るので 食べてください」
“会ったことがなくても、子ども達の気持ちは まだ見ぬともだちと もうつながっているんだ”ノートに書かれたメッセージを読んで、そう思いました。
ともだちと てをつないで ゆうやけをみた
ふたりっきりで うちゅうにうかんでる ―
そんなきがした
ともだちと けんかして うちへかえった
こころのなかが どろでいっぱい ―
そんなきがした
ともだちも おんなじきもちかな ( 谷川俊太郎・作「ともだち」より )
すぐそばにいてくれるともだち。 転校してしまってすぐには会えないともだち。
まだ会ったことはないけれど、世界のどこかで今おなじ時間を生きているともだち。
宝くじに当たるよりもすごい確率の「ともだち」との出会いを、たいせつにできる人になってほしいと思っています。そして、まず会ってみて、まず話してみて、まず遊んでみて・・・相手のことを「知る」努力をしていってほしいなと願っています。相手の尊厳を見つめること。そこから、人と人はつながっていくような気がするのです。
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| 第6回 いえでででんしゃはこしょうちゅう? |
2005.09.06 |
戦後60年 ――。 今年の夏は、新聞、雑誌、テレビに映画・・・といたるところで「戦争」をテーマにした話題が取り上げられていました。平和な日本に暮らしているとついつい戦争は自分とは無縁のものに思えてしまいますが、60年前、この日本で悲惨な戦いがあったこと、そして今もなお、世界各地で戦いが続いているという現実を、もう一度見つめなおしてみたいと思います。
今年の中学年の読書感想文課題図書は「いえでででんしゃはこしょうちゅう?」(あさのあつこ作・新日本出版)という本でした。
本のタイトルにもなっている「いえでででんしゃ」はお母さんにしかられて、弟とケンカして…「家出したい!」と思った子どもなら誰でも乗れる不思議な電車です。空にも行くし深海にも潜る、そんな子ども達の夢をのせた「いえでででんしゃ」がある日、動かなくなってしまいます。心配した車掌さんとさくら子とけいすけがそこに乗り込むと・・・いえでででんしゃは突然ものすごいスピードで動き出します。着いた場所は、ジェット機がミサイルで家を破壊し、多くの人々や子どもたちが逃げ惑っている戦場。その様子を電車の中から見たさくら子とけいすけは恐怖でガタガタと震えてしまいます。そして、その後、いえでででんしゃはまた走り出します。さくら子たちがふと振り向くとそこに見えるのは青く輝いている地球。そうです。いえでででんしゃは「地球」から家出してしまったのです。
子ども達に問いかけてみました。戦争で奪われるものって何だろう?
「家、おもちゃ、服、教科書、食べ物、飲み物…。」自分の身の周りにあるものが次々に挙がりました。そして次第に「家族、友達、いのち、笑顔」…と物資以外のものが挙がってきました。「家って、ぼくが一番安心できる場所。家族がいてぼくを育ててくれるところ。そんな場所が破壊されたらぼくは生きていけないと思う。」そう話してくれた男の子の姿が印象的です。私たちは戦争を知りません。だからこそ、もし、自分がこうだったら…と人の痛みを自分に置き換えていくことが大切だと思うのです。
ディスカッションは続きました。
“いえでででんしゃは戦争を繰り返す人間たちに怒って地球を家出してしまったけれど、他にはどうだろう?”
子ども達は身近で感じる様々な問題を調べてきてくれました。川がよごれて大好きなホタルがやってこないこと、森の木が切られて動物の住処がなくなっていること、海水浴に行ったら海はゴミの山だったこと。
「きっと、こんなのを見たらいえでででんしゃはまた怒って家出するよ。」
子ども達は真剣です。でも、じゃあどうしたらいいんだろう?他人事じゃなく、何か小さいことでも自分にできることはないんだろうか??今の現状を知れば知るほど、新しい課題にぶつかっていきました。
物語の最後の場面で、さくら子はいえでででんしゃに語りかけます。
「帰りたいよ、いえでででんしゃ。あそこに帰って、大きくなって、いろんな家をつくる人になりたい。子どもの家をぼかぼかこわすような大人じゃなくて、つくるの。つくる人になりたいの。」
するとでんしゃはゆっくりと地球に向かって動き出すのです。この場面を読んで、子ども達は次々に話し始めました。
「夢の話って楽しいもんね。だから、きっといえでででんしゃが元気に動き出すための燃料になったんだね。」「私だったら、将来お医者さんになってたくさんの人を助けるから地球に帰ろうって言うかな。」「ぼくは消防士になりたいって言うよ。」「私はアナウンサーになるって言うな。悲しいニュースじゃなくてうれしいニュースをいっぱい読むアナウンサーになりたいな。」・・・。子ども達の目はキラキラしていました。きっと、この物語のさくら子も、子ども達と同じようにキラキラとしていたのでしょう。この地球には、たくさんの人達がたくさんの夢を抱えて生きています。争いが絶えないイラクでも、子ども達は皆、将来の夢を生き生きと語るんだと何かの本で読みました。それを実現させるのは人間。それを奪ってしまうのも人間なのです。
「今年は、戦後60年やなぁ。」――。
今年のお正月、そう静かにつぶやいた私の祖父は、7月6日に93歳の天寿をまっとうしました。召集令状を手渡された時の気持ち、家族との別れのプラットホームに響いた汽車の音、死と隣り合わせの厳しい戦場、家を守る祖母との手紙での交流、命からがら祖国へ帰れたとき、貧しい日本の生活を見て「鍬をにぎってたくさん米を作らねば。」と心に誓ったこと。戦争の話をし出すと止まらなくなる祖父でした。
どれだけ時が流れても戦争の夢を見てうなされる祖父の姿を見て、戦争は生き残った人々の心を深く深く傷つけるのだということを私は知りました。特攻隊員として、あるいは陸海軍の戦士として命を投げうった多くの人々は、後世に生きる私たちを信頼して、二度と戦争が起こらないようにと念じ、自らを犠牲として今の日本の礎となっている平和を身を張って造り出してくれたのです。
「ああ、また戦争の話かぁ。」と、うんざりしていたことを私はいまとても後悔しています。祖父はきっと繰り返し繰り返し、平和な時代に生きる私たちに伝えたかったんじゃないかと。いまとなっては何も恩返しできないけれど、小さい頃から聞いてきたあらゆる話を祖父の代わりに、戦争を知らない子ども達に伝えていきたいなと思っています。
| 第5回 “花言葉”に込めたメッセージ |
2005.06.17 |
あじさいは 夏をつたえる 宅急便
近くの公園に夏さがしに出かけた時、子ども達がこんな俳句を詠んでくれました。
キラキラ光る雨のしずく。雨にぬれた草木の香り。そして、紫陽花に降り注ぐ愉快な雨の音。
こんな中、子ども達はもうすぐやってくる「夏」を敏感に感じとったようです。「梅雨」はうっとうしい季節と言われがちですが、こうやって、ゆっくり雨の中を歩いてみるとなんだか妙に心が落ち着いて、悪くはないなあと思えるから不思議です。
4月に新学期が始まってから早3ヶ月。どのクラスも、はじめての作品作りに取り組んでいます。今回は、5・6年生クラスが挑戦している物語作文『花言葉伝説』でのエピソードをお話したいと思います。
私たち人間の身近にある「花」にはひとつひとつに「花言葉」とそれにまつわる「伝説」があります。夏の代名詞である「ひまわり」の花言葉は『憧れ』。その昔、陸に上がることを禁じられていた海神の娘が、太陽神アポロのまぶしさ、美しさに強く憧れます。そうして、太陽神を見つめつづけているうちに一輪の花になってしまった、という伝説が残っているそうです。だから今もひまわりは太陽の方向を向いて咲くのだとか…。ずっとずっと昔から、人間は草花と寄り添って生きてきました。そんな中で、人間は、草花に愛情を込めてさまざまなメッセージをたくしてきたのでしょう。
5・6年生の課題は『主題(テーマ)を込めた物語作文』。これは、物語作文の中では最もレベルの高い課題です。おもしろくて楽しいお話作りとは違って、思いやり・友情・
努力・助け合い…といった『メッセージ』を意識しながら物語中に組み込んでいきます。
まずは、教室の外へ出かけて自分のお気に入りの「花」をさがすことから始めました。そして五感を使って、その花の様子を観察します。さわった感じはどうか、香りは、色は、音は…??そうやってその花を『言葉』でスケッチします。そのあとはいよいよ物語の構想を練ります。この花を通して、どんな『メッセージ』を伝えようか…と。
8人が、それぞれの感性で描き始めました。夢、友情、協力、幸せ、生命力、助け合い、信じる、憧れ。メッセージが違えば、当然、登場人物もストーリーも違います。私が、この仕事をしていて最高に幸せだと思うのは、何年この仕事をしていても、ひとつとして同じ作品に出会うことがない、ということです。今、子ども達が描いている作品は、今もこれから先もずっとずっと、『この世でたったひとつの作品』なのです。
ある男の子は、こんなストーリーを書いています。主人公は森の動物達。山菜取りや木の実採りにやってくる人間たちのおかげで、すっかり食料がなくなり、草花が荒らされ、動物達は困り果てています。人間の身勝手な行動に怒った動物たちは、ある日、森の中に落とし穴を仕掛けて、人間たちをこらしめようとします。それでも人間たちは反省の色もなく、相変わらず草花を平気で踏みつぶします。そして数日後、また同じ落とし穴に落ちる人間たち。そこには、このまえ踏みつぶした花がキラキラと輝いて健気に咲いているのです。そこへ動物たちが集まってきて訴えます。「踏まれたけれど、その花は元通りに元気になっているだろう?この花は、みんなを幸せにしてくれる。自分も他の生物もみんなをいっしょに幸せにしてくれるんだ。だから、人間もこの花をみならってほしい。」…。みんなをやさしい気持ちにしてくれるこの花の花言葉は『幸せ』です。完成まであとひといき。環境問題も絡めた、とっても深みのある、それでいてほんわかとやさしい物語に仕上がってきています。
文章を書きながら、子ども達はさまざまなことを考えます。この時、主人公はどう思っただろう?もし自分だったら、なんて言うだろう?幸せ、ってどんなときに感じるだろう?…。そうやって、考えて考えて、とっておきの言葉をつかまえていくのです。子ども達が自分の力でその言葉をつかんだ瞬間は、私もほろりときてしまいます。
「考えること」これは、とっても根気のいる作業です。「考えること」の楽しさを知らないうちは、必ずと言っていいほど子ども達はテレビゲームの世界を描きます。誰かと誰かが戦ってどちらかが死ぬ、というパターンのストーリー展開です。その文章を見てたいていの大人は「なんて残酷なことを書くの!」と落胆しがちですが、子ども達に悪気はありません。ゲームの世界は、子ども達にとって最も手っ取り早い身近にある「ストーリー」なのです。
でも、どんな子どもも、このゲームの世界から抜け出せる日が必ずやってきます。教室の仲間の発言を聞いたり、五感を使って物を見たり、自分の気持ちを発表したり…そんな小さな自信の積み重ねの中で「考えることが楽しい」と思えた瞬間に、次のステップに進むことができるのです。どんな子どもも、何かを感じとる力を必ず持っています。だからこそ、その土台をあの手、この手を使って耕していけたらと思うのです。
もうしばらく、雨の季節が続きそうです。みなさんなら、あじさいにどんな花言葉をつけますか?そして、どんな伝説をイメージしますか?ぜひ一度、お子様といっしょに考えてみてください。きっと、ハッとする発見があると思います。
「わたしがお母さんのおなかの中にいたときね、“おなかの中はあたたかいですか?どんな感じですか?お母さんの声が聞こえますか?わたしがお母さんですよ!!元気に丈夫に生まれてきてね。お母さんは早くあなたのかわいい顔がみたいなあ〜。”って毎日たくさん話しかけてくれたんだって。」「よく動くから絶対男の子だと思ってたのに女の子だったんだよ。」・・・。子どもたちはみんな、お父さんやお母さんに聞いた話をとっても幸せそうな表情で発表してくれました。11月に全学年で取り組んだ、テーマ学習「いのちはみえるよ」の授業の中での一コマです。
度重なる自然災害、止むことのない戦争、また連日のニュースを独占するおぞましい事件の数々。悲しいことに、私たちは人のいのちが簡単に失われていく現実を、日々目の当たりにして過ごしています。その事件の背景にある問題、戦争の実態、飢餓や病気に苦しむ人々の現状など、「いのち」へのアプローチは多岐に及ぶでしょう。そのアプローチが必要不可欠であることはわかっていましたが、正直、どうやって授業にしたらいいのかわからずにいました。「命を大切にしましょう」という薄っぺらな、表面的な授業にはしたくなかったからです。
そんな私の肩の力が、すっと抜ける出来事がありました。私事で恐縮なのですが、はじめての子どもを授かったのです。おなかの中で大きくなっていく「いのち」の存在を感じたとき、理屈抜きに「大切にしなくては。」という気持ちでいっぱいになりました。同時に、小難しい知識や社会情勢を教材としていのちを語ろうとしていた自分の傲慢さに気づいたのです。「生まれるいのち」のかけがえのなさ。とってもシンプルだけど、そこからでないと何も始まらない、そう素直に思うことができました。
子どもたちの話は止まりませんでした。「元気に生まれてきてくれてよかった!やっと会えたね。かわいいね。これからなかよく楽しくくらそうね、ってパパとママがわたしを迎えてくれたんだよ。」「わたしの名前には”水晶“のようにきらめく女の子になってほしいという願いが込められているんだよ。山梨のことを忘れないように、水晶の「晶」っていう字をとったんだって。お母さんが病院に行くときは雷がなってすごい嵐だった。だけど、次の日帰ってくるときは、水晶のようにキラキラ光る冬の朝だったんだって。」・・・・・・・。生まれたとき、またお母さんのおなかの中にいるときの記憶はほとんどの子ども達が持ち合わせていません。だからこそ、小さいころの話を聞くことは新鮮であり、また自分がどれだけ多くの人たちに愛されて生まれてきたのかということ知るきっかけになるのです。大事に大事にされて生まれてきた自分。目の前にいる友達も同じくらい大事に大事にされて生まれてきた命を持っている。それをみんなで認め合えたらいいな、そう心から思いました。
その後、ディスカッションの教材として子どもたちに読み聞かせをしたのは「いのちはみえるよ」(及川和男作・岩崎書店)という絵本。盲目のルミさんの出産に立ち会うことになった小学生のエリちゃんの心の成長が生き生きと描かれたストーリーです。「ルミさんがんばれ!」と励ましつつも「どうして赤ちゃんを生むときこんなに苦しいんだろう。もっと楽に生めたらいいのに・・・。」とエリちゃんは思います。けれども自分の苦しみよりも生まれてこようとする赤ちゃんに「がんばれ、がんばれ。」と伝え続けるルミさんの姿を見て「ママもこんなふうにしてわたしを生んでくれたんだ。」とエリちゃんは感動するのです。
「あ、わらったよ!」・・・。エリちゃんは出産後、ルミさんのそばでお手伝いをしながら赤ちゃんの様子を教えてあげます。そして思わず盲目のルミさんに対して言ってしまうのです。「ルミさん、見えたらいいね。」・・・。言った後、悪いことを言ってしまったと胸がきゅっとなるエリちゃんに対してルミさんは、「みえるよ、いのちはみえるよ。」と言って微笑むのです。
子どもたちに問いかけてみました。いのちは見えるんだろうか・・・??
「見えないけれど、きっとむねの真ん中にあってハートの形をしていると思う。」「ルミさんはのぞみちゃん(赤ちゃんの名前)が泣いたり笑ったり、うんちをしたり・・・、のぞみちゃんの全部がいのちだと言っていると思う。」「目をつぶるとうれしいいのちが見える。うれしいいのちはほめられたときに見えるよ。・・・わたしはお父さんとお母さんとお兄ちゃんと妹で心をむすびあってると思う。お父さんとお母さんはわたしがさみしくなったとき、“だいじょうぶ”って言ってくれたよ。わたしはかぞくのいのちも先生のいのちもみんなのいのちがうれしいいのちになってほしい。」1・2年生クラスの子どもたちは自分のイメージする「いのち」の形を紙に描きながら、一生懸命それを見つめようとしていました。
3・4年生クラスでは、全員が「いのちは見える!」という意見でした。また、「もし大事な人が死んでしまってもいのちは自分の心のドアの中で見えるんだ。」という、いのちの連鎖の話にまで深まったのが印象的です。ある女の子はこんな文章を書いていました。
「わたしは命が見えると思います。どんなときに見えるかというと笑ったり泣いたり、おこったりしているときです。たとえば自分が笑えばその人も笑う。そんなことをやっているうちに相手の気持ちがわかり、命が見えてくるのです。命は世界のみんなとつながってます。たとえ知らない人でもどんなところで出会うかわかりません。なので命は生まれた時から世界のみんなとつながっています。」“いのちは家族とつながっている!”と最も身近な家族のことを話してくれた1・2年生とはまた一味違って、友達や動物、また最後には『まだ出会ったことのない世界中の人々』というところまで視野が広がっていった様子には脱帽でした。
5・6年生はさらに社会の現実に目を向けた意見が多く出ました。
「最近では自殺とか人殺しとかを勝手にする人が増えてる。だけどせっかくお母さんがいっしょうけんめい生んでくれた命なのにそんなことをするのは絶対にいやだ。」
また、思春期にさしかかる年齢だからこその意見も出ました。「わたしは命は見えないと思う。でも、友達とけんかして仲直りしたとき心がつながったと感じる。命がつながっていないとさみしいし、つまらないと思う。」いくらたくさんの友達と一緒にいても、ひとりぼっちでいるようなさみしさ。「いのち」がつながっていないと結局はいつまでたってもさみしいままなんだ、という『群れる』ことで得ている安心感の虚しさを彼女たちは敏感に感じとっているのです。
「誕生日はその人がこの世に生まれたことをお祝いする日。あなたが生まれてきたとき、どれほどみんなが感動し、そして喜んでくれたかを考えよう。ひとつひとつのいのちがみんな、かけがえのないいのちであることを絶対わすれないように。」
こんな言葉を新聞で目にしました。
人生につまずいたとき、苦しくなったとき。みんながこんなふうに思えたら、この世界は少しは変わっていくような気がしています。
2005年が、どうかすてきな一年になりますように。
| 第3回『知識』と『体験』が結びつくとき |
2004.10.12 |
夏の終わりから秋にかけて、日本列島は大きな地震や台風に見舞われています。「異常気象」「温暖化の影響」…といった言葉をテレビや新聞で頻繁に目にします。誰もが一度は聞いたことのある、またどこかで考えさせられたことのある『環境問題』。ひとことで『環境問題』と言ってしまうのは実に簡単なことですが、これを本当に理解しようとするのはとても難しいことです。この夏、作文倶楽部の子どもたちと一緒に考えた「環境」の話を今日はご紹介したいと思います。
3・4年生の読書感想文の課題は、『よみがえれ、えりもの森』(本木洋子文・新日本出版)という本でした。太古の森におおわれていた北海道日高地方。えりもの海でとれるコンブは人々の宝でした。しかし、このコンブをとるために漁師たちがここに住みつき、たき火のために、また家を建てるためにたくさんあった木を乱伐しつづけ、ついには一本の木もなくなってしまいます。はげ山になった表面の赤土は強風が吹くと舞い上がり、海に流れ出します。赤土で真っ赤ににごった海には魚もコンブもよりつかない死の海へと化してしまうのです。絶望的な故郷を前に、えりもの漁師たちは誓います。「木を植えて昔の海を取り戻そう。」そして何十年もかけて人々は一筋縄ではいかない植林を続けるのです。「おれはコンブ漁師だが、半生は山にかけた。漁師だから海のことだけを考えていればいいんではない。山が荒れると海も荒れるんだ。五十年たって心から思う。」・・・。NHKの『プロジェクトX』でも話題を呼んだ実話です。
中学年の課題図書は3冊ありました。私は、最後の最後までどの課題にすべきか迷いました。この本は、その三冊の中で最も難しい内容だった課題です。しっかりと考えなければ「自然は大事にしなければならないと思いました。」という薄っぺらな感想文で終わってしまう可能性のある課題なのです。しかし、あえて選びました。3・4年生という頭のやわらかいこの時期に、様々な角度から「環境」について考えるきっかけを作りたかったからです。
まず、授業に入る前に子どもたちに、あるものを見せました。それは、大きな木の切り株です。まず、子ども達に木の年輪を数えてもらいました。子どもたちは『年輪』という言葉を初めて聞いたようです。みんな目を輝かせて何十にも重なった年輪を数えていきました。
「先生!42個あったよ!この木は42歳だよ!」
その木は子どもたちの何倍も多く生きてきた木だったのです。私は年輪を見ながら木の話をしました。年輪の幅をみると、その年の気候がわかること、また年輪についた傷を見るとその年にあった地震や台風といった自然災害の状況がわかること。この木は時代をそのまま反映する生き証人なんだよ、ということを伝えました。そして、外へ出かけて木々にさわってみたり、見上げてみたりしながら五感を使って「木」を感じました。環境問題を語る前に、まず木と友だちになってほしかったのです。
そして、その後さまざまなディスカッション、ディベートを繰り返しました。「どうしてえりもの人々はもう一度、森を取り戻そうと決意したのか?」「人間と自然はどちらが強いのか?」「自然の力がすごいなと感じたのはどんな時か?」などなど、とことん話し合いをしました。はじめは「木は紙を作るために必要だから大事。」「自然は人間にとってよいものだ。」など、頭の片隅に眠っていたありったけの『環境問題』の知識をしゃべっていた子どもたちでしたが次第にはっとさせられる言葉が飛び交うようになりました。「人間がこうやって手を広げてても小鳥はやってこないけど、木には小鳥やいろんな動物がやってくるんだよね。木ってすごいね。」「人間は一回死んだら、もう絶対に生き返らないのに、えりもの森は50年かかかったけど生き返ったからすごい。人間より自然のほうが強いと思う。」…。冒頭にも書いたように、環境や戦争といったことをテーマにした作文は「戦争はいけない」「環境破壊はいけない」といったあたりさわりのない作文になりがちです。もちろん、それがいけないわけではないですし本当にそう感じられたのであれば十分に価値のあることだと思います。でも、多くの子どもたちはただなんとなく「いけない」と書いてしまいます。ちょっと頭のいい子は「こう書いたら大人が喜ぶ」ということもわかっています。そして私たち大人もなんとなくそれで満足してしまいます。でも、せっかく書くなら本当に考えて考えて、感じたからこそ言えるその子らしいキラリと光る文章を、「一文」でいいから書いてほしいなあと私は願うのです。
以前に働いていた名古屋のスクールでは、2ヶ月に1回、子どもたちと一緒にキャンプに行っていました。森の中での理科実験と作文、ツリークライミングや天体観測、間伐作業などの体験のプログラムを組み合わせたキャンプです。理科の観察で「足元の働き者たち」という授業をしました。土をみんなで掘り起こし、土の中に住んでいる虫たちを観察するのです。みみずやムカデなどたくさんの虫たちが顔を見せました。同時にボロボロに穴があいた落ち葉や松ぼっくりなども見つかりました。木は葉を落とし、その葉をいま出てきた分解者と呼ばれるこの虫たちが養分に分解し、また土の栄養になって木はぐんぐん育っていく…。この森の仕組みをみんなで実際に目で見て学びました。
その観察のあと「分解者」をテーマにしたエッセイを書くことに挑戦しました。実は「分解者」という言葉が出てくるのは中学2年生の理科の第2分野の教科書。小難しい言葉で定義が書かれています。だけど、いま目の前でこの森のサイクルをみたのなら簡単に解説できるはず。小さい子にでもわかるように「分解者」を説明してごらん、という課題を出したのでした。エッセイ風の簡単な説明文を書けたらいい・・・。それぐらいにしか考えていなかった私の予想は、しっかり裏切られました。子どもたちは、こんなことを話し合い始めたのです。
「ねえねえ、分解者ってなんでも食べるのかなあ?」「うん。なんでも食べるんじゃないの?」「えー。でもさぁ、アキカンとかは食えないよ。」「そうだね。発泡スチロールも無理じゃない?」「そっかぁ。人間が捨てたものは食べられないんだ。」「だから森にゴミを捨てちゃだめなんだね。」……。
そうして子ども達は、私が何も言わなくても『環境問題』を意識したストーリーを描いていきました。あの時ほど、子ども達の持つ感性と何かを学びとる力の深さに驚かされたことはありません。なんとなく知っていた『森にゴミを捨てちゃいけない』という知識と、いま目の前で実感した『森の成長のサイクル』という体験ががっちりとかみあった瞬間、子どもたちは大人が何かを教えようとしなくても自らの力で学びとることができたのです。
確かに大人は子どもよりも多くの知識を持っているのかもしれない。しかし、その知識は体験と結びついた時に初めて「本物」になり得ます。そして、そこで出た『言葉』ほど尊いものはありません。
まだまだ、この世の中には考えなければならないテーマがたくさんあります。子ども達と一緒に本物の「言葉」が生まれるその瞬間に、これからもたくさん出会っていきたいと思います。
| 第2回「もっと・いっぱい・だっこ」 |
2004.09.01 |
いよいよ二学期が始まりました。夏休み明けの子ども達は体の成長は然ることながら、なんだか表情までもきりっと大人びたような気がします。今も昔も変わることのないドキドキとわくわくがいっぱいの夏休み。きっと、この40日間は子ども達を肉体的にも精神的にも大きくしてくれるかけがえのない時間なのでしょう。
作文倶楽部トトロでは、夏期公開講座として『読書感想文教室』をひらきました。おそらく、毎年子ども達とお母さん方をもっとも悩ませるであろうこの課題を、クラスみんなでディスカッションをしながら深くお話を読み込み、とっておきの作品を書き上げていきました。その中のひとコマを今月と来月をかけてお伝えしようと思います。
1・2年生の課題図書は『しゅくだい』(いもとようこ文・岩崎書店)という絵本でした。
ある日、先生がちょっと変わった宿題を出しました。その宿題とはなんと“だっこ”。はずかしくて「やだ〜。」と言いながらも、もぐらのもぐくんは、にこにこ笑いながら大急ぎで家に帰ります。いつもお母さんは生まれたばかりの弟や妹にかかりっきりで、ちょっぴりさみしい思いをしていたもぐくんにとってそれはそれはうれしい宿題。家族のコミュニケーションをユーモラスに描いた、心あたたまるお話です。
読書感想文教室では、実際に子ども達にも「おうちの人にだっこしてもらおう。」という宿題を出しました。主人公のもぐくん同様、子ども達は少し照れながらも大喜び。ディスカッションではだっこしてもらったときの感触やかおり、また家族に聞いてきた自分が小さかったときのだっこの思い出などを、本当に目をキラキラさせながら発表してくれました。『初めておかあさんにだっこしてもらったのは、生まれてすぐのはだかんぼうのときだったそうです。なきむしさんだったのでたくさんだっこしてくれたみたいだけどわすれちゃった。だからもっといっぱいだっこしてもらいたいな。』『だっこしてもらうとうれしいし楽しい。だから元気になる。』『だっことか、あくしゅとか手をつないだりすると相手の気持ちが言わなくてもわかる。』――。子ども達はめいっぱい、お父さんやお母さんにぎゅっと抱きしめてもらったあたたかさから何かを感じとることができたようです。そこから出てくる言葉は嘘偽りのない真実であり、私自身があらためて「親子」の絆の強さや、もっともシンプルな、けれど言葉以上に雄弁なコミュニケーションとして「だっこ」の力を感じさせられたのでした。
そしてふと、新聞広告で目にしたこんな言葉を思い出しました。
子どもの頃に抱きしめられた記憶は、ひとのこころの、奥のほうの、
大切な場所にずっと残っていく。
そうして、その記憶は、優しさや思いやりの大切さを教えてくれたり、
ひとりぼっちじゃないんだって思わせてくれたり、
そこから先は行っちゃいけないよって止めてくれたり、
死んじゃいたいくらい切ないときに支えてくれたりする。
子どもをもっと抱きしめてあげてください。
ちっちゃなこころは、いつも手をのばしています。
たかが感想文、されど感想文です。子どもと大人が、いっしょに一冊の絵本のあたたかみを共有し、その話に込められたメッセージを考えることができたのなら、“読書感想文”という課題も悪くないなあ・・・毎年、授業を終えるたびにそう思っています。
「さくらが咲くときって、どんな音がするんだろう。それはきっと、人間には聞こえない、小さな小さな音だよ。」
河原に春を探しに行った時、子ども達がこんなすてきなフレーズを詩の中で表現してくれました。あの日のつーんとした肌寒さ、ふわふわと風に舞う桜の花びら、そして、真っ赤な夕焼け雲に現れたどこまでも続くひこうき雲。きっと、この詩を読むたびに、子ども達はあの日、みんなで共有した感動を思い出すことでしょう。
私はこれまで、「作文」を通してたくさんの子ども達に出会ってきました。原稿用紙とにらめっこをする「作文」ではなく、わくわくした気持ちで原稿用紙に向かっていける「作文」へと子どもたちの意識を変えていくためにはどうすればいいのだろう…とずいぶん悩んだものです。そうして今、ひとつだけ確信を持って言えることは「書く」までのプロセスをじっくりあたためることが何よりも大切である、ということです。「書きたい」と思えることを自分の力で見つけることができたとき、大人が何も言わなくても、びっくりするくらいステキな言葉が子ども達からあふれ出すのです。
一人一人の創造性を育てる土壌ができているアメリカに対して、日本ではゴツゴツした創造性を早くから丸くおさめようとするために、その芽をつんでしまう傾向があると言われています。本当にそうだとしたら、それはとてももったいないことだと思うのです。頭を使って考えたことは、すぐに忘れてしまいますが、体中を使って感じたこと、考えたことは決して忘れることはありません。大人が決して気づかないこと、見過ごしてしまいそうなことを敏感にキャッチする子どもたちの感性。この感性こそが「作文」にとどまらず、あらゆる場面で真の「生きる力」を育むための原動力となっていくのではないでしょうか。
子どもたちは本当に好奇心旺盛です。私たち大人はしばしばその好奇心に戸惑ってしまうことがあります。例えば、森や山でめずらしい草花や鳥に出会った時、必ず子ども達は「あれ、なんて花(鳥)?」と私たちに尋ねます。そこでとっさに答えられなかった時、多くの大人は「しまった!わからない…。」と思ってしまうのではないでしょうか。(実は昔、私自身がそうでした。)でも、植物辞典を持ち歩いてその都度、名前や特徴を調べて教えてあげる必要はないと思うのです。「さあ、なんて花だろう?名前をつけてみよっか。」なんて言いながら、花の香りを楽しんだり、さわってみたりしながらその「花」を子ども達と一緒に感じればいいのです。子ども達が気に入ったとっておきの花に「花言葉」をつけて「花言葉物語」を作ってみる…。こんな作文は子ども達をおおいに夢中にさせます。
美術館に行った時もそうです。何も専門的な絵の見方をする必要はありません。子ども達が大好きになった絵の前で、じっくり時間をとって一緒にその絵を眺めてみたらどうでしょう。そうすると、子ども達はその一枚の絵から連想されるストーリーを次から次へと考え出し、ひとつの物語にしてしまいます。
私たち大人はついつい「私は草花に詳しくないから…。」「私は絵がわからないから…。」と言ってしまいがちです。でも、「わかる・わからない」ということはたいして重要なことではないのではないでしょうか。「“知る”ことは“感じる”ことの半分も重要ではない」と『沈黙の春』『センス・オブ・ワンダー』等の名著を残したレイチェル・カーソンは言っています。子ども達にとって、それが何であるのかを知るよりも、大好きなお父さん・お母さんがそばにいて、一緒にその感動を共有してくれたということの喜びのほうが、より大きな自信になるのではないでしょうか。鳥の名前や種類なら、後日図書館に行けば自分ひとりでいくらでも調べることができるのですから…。
「感じる心」があれば、世界のすべてが何かを書くため・考えるための題材になります。これからも子ども達と一緒に何かを感じ、考えながら私自身も成長していきたいと思っています。また子どもたちの感性がキラリと光るエピソードををご紹介していけたらと思っています。
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