習いたいネット
トップページスクールリスト教育機関・施設リストコラムご意見・ご感想

岩崎美紀先生の作文教室
 第13回新潟中越沖地震「いま、わたしたちにできること」
2007.12.6

うだるような暑さが続いた夏休み。
いつもの物語作文から離れて、6年生クラスでは「災害」や「戦争」について考える授業に取り組みました。今年7月に起こった新潟・中越沖地震の被災地の現状や、いまなお地雷に苦しむ国の人々の暮らし、また自分たちと同じくらいの子どもたちが兵士として借り出されたり、マンホールでの生活を余儀なくされているという現実をまず、「知る」ということ。これが、相手を理解するための第一歩なのではないかという思いから、さまざまな映像や資料を見ながら学んでいきました。そして、「かわいそう。」「気の毒だ。」で終わるのではなく、「なにか私たちにできることはないだろうか?」と考えてもらいました。

しかし、その「現実」からかけ離れた、恵まれた生活をしている子どもたちにとって、それらはなかなかピンときません。かろうじて出たのは「駅で募金活動をする。」援助=お金=募金という発想でした。それが悪いとは思いません。でもそれがすべてだとも思えない。援助ってほんとにお金だけなんだろうか?そう、もう一度投げかけました。

私が、こんなふうに考えるのには実はわけがあります。私自身も、援助=募金、という発想しかなかったからです。12年前、阪神淡路大震災にあうまでは。
12年前のあの地震のとき、全国各地いろんな場所から、若い人も年をとった人も、いろんな人たちが被災地にボランティアをしにかけつけてくれました。誰に指示されたわけでもなく、人々は自分の得意なこと・自分にできることを探して動き始めました。大工仕事が得意な人は壊れた屋根の修理を、パソコンが得意な人は全国に被災地の情報を伝える役割を、力仕事が得意な人は集まってきた支援物資を運ぶ仕事を。料理が得意な人はあったかい食事を作り、手話ができる人は障害を持った人々を支え、絵が好きな人々は祈りを込めて瓦礫の街の壁に絵を描きました。これらはみんな「ボランティア」と呼ばれる人たち。私は、人のお話を聞くのが好きだから、仮設住宅で暮らす人々のお話を伺うボランティアを約7年間続けました。私は、援助というのは「お金」だけではない、ということをここで教えられたのです。
阪神大震災は、多くのかけがえのない命や財産を奪っていきました。でも、「ボランティア」という大切な光を残してくれたのも事実です。あの震災で、多くの人々の生き方が、命の在り方が変わったような気がしています。私自身も、そのうちの1人だと実感するのです。

そんな話をして、子どもたちにもう一度、問いかけました。
「いま、私たちにできることはなんだろう?」
子どもたちは楽しそうに意見を出し合いました。そこで出てきたのが、
「大きな絵本を作りたい!」
いかにも彼女たちらしい素直な意見だと思いました。
その日から、夏休み中、授業の前に早く集合してみんなで絵を書き、文を書き・・・巨大絵本1冊と小さな絵本3冊を完成させました。巨大絵本のタイトルが「にじ」です。小さな子にもわかりやすいように、短くてわかりやすい内容にしたい、「にじ」を見たらなんだか笑顔になれるし希望がわいてくる。そんなメッセージを新潟に届けたい。それが子どもたちの思いです。そしてもう1つ。教室に通う生徒の保護者に「家庭に眠る不用品を持ってきてください!」と呼びかけ、集まった品物をリサイクルショップで換金しました。自然が引き起こしたこの災害。少しでも地球に優しいリサイクルに取り組みたかったからです。
そのお金と完成した絵本を11月末に、新潟県の柏崎小学校に送りました。被災地のことを「知った」ことから始まった今回の子どもたちの行動。私たち日々の暮らしは、決して当たり前ではありません。他人事ではなく、どんなに小さなことでもいいから何かアクションを起こしていける、そんな大人になってほしいと願っています。

心を込めて描いた7色の虹が、遠くはなれた新潟県の友達の心にどうか届きますように。

巨大絵本「にじ」は、作文倶楽部トトロの「スクールニュース」でご覧頂けます。


 第12回「読書感想文から得られること」
2007.8.16

今年もまた、読書感想文の季節がやってきました。
「先生、熱帯魚を飼い始めたの。さかなの本を読んで書きたい!」「小さいときからゴルフやってるからダイガー・ウッズの本がいい。」「お茶を習ってるから、千利休の本を読みたい。」・・・。
子どもたちからは、いろいろなリクエストが飛び出します。「まかせといて!ピッタリの本を選んでくるからね〜!」とこたえるものの、実のところ、それからはもう必死です。いろいろな図書館を巡り、図鑑から物語までさまざまな本に目を通し、本の選定をしていきます。最近、忙しさを言い訳になかなか読書に時間をかけられない私にとっては、読書量がいつもの倍くらいになります。そして、こういう機会でもなければ自分からは読まないであろう本に出会えることがしばしばなのです。この夏は、まったく知らなかった茶道やゴルフ、モーツァルトなどなど・・・新しい世界をたくさん知ることができました。子どもたちにはあらためて感謝です。

読書感想文を書くときに、一番たいせつなのは「その本が自分にピッタリあっているかどうか?」ということです。海が好きな子は海の生き物の話を、サッカーをやっている子はサッカー選手の自伝を、吹奏楽部でがんばっている子は、音楽に関する本を・・・。その本の内容が、いかに自分の「体験」にリンクさせることができるか、ということが一番重要になってきます。「感想文」とは名ばかりで、実際のところは「体験作文」と言っても過言ではないのです。その子にしか書けない体験を書く中で、その本から考えたことがより説得力を持ちます。
 また、逆の方法もおすすめです。本を読んでから体験する、という方法です。「カブトムシ」の物語を読んだから実際にカブトムシをとりに行ってみる、「戦争」の本を読んだから、おじいちゃんやおばあちゃんに戦争の話を聴いてみる――。そうすると、この本で学んだ知識が「体験」とガッチリ結びつき、自分の力で理解する力がつきます。昨年、映画で話題になった「星になった少年」を読んだ男の子が、この夏休みに家族で千葉県にある「市原ぞうの国」へ出かけ、実際にぞうに触れ、乗ってみるというとっても貴重な体験をしてきてくれました。その男の子は目をキラキラさせて、ぞうの話を聞かせてくれました。この体験からぞうが大好きで、最年少でぞうつかいになったこの物語の主人公に、思いを馳せることができたのではないでしょうか。もちろん、感想文は彼にしか書けない、すてきなものになりました。

今年の1・2年生の課題図書は「ぼくのパパはおおおとこ」という本でした。
「ぼくにはだいすきなおおおとこのパパがいる。パパのくしゃみはたいふうみたい。
サッカーのキックはおつきさまにとどくほど。ぼくがこわいときはいつだっておおきなうででぎゅうっとだきしめてくれるんだ。 きみのパパもおおおとこかな。」――――。
とっても短い文章の中に、「ぼく」の「パパ」を見つめる眼差しと、「パパ」の「ぼく」へのほんわかとした愛情がつまっているステキな絵本です。子どもたちには「パパにおんぶとだっこと肩車をしてもらっておいでね!」と宿題を出し、授業を行いました。
 ディスカッションが始まると、子どもたちは口々に話してくれました。「パパの肩車は高くて、ずーっと遠くの景色が見えた!」「パパの肩はボコボコしてた。」「パパのたばこのにおいがした。ぼく、パパのたばこのにおい、好きなんだ。」・・・。スキンシップをとることから生まれる「五感」を使った表現の数々が、子どもたちの文章をより生き生きとさせます。その後は、「ぼくのパパは虫とりの名人なんだ、私のパパはケーキを作るのが上手なんだよ、ぼくのパパはこのまえ、竹を切って流しそうめんを作ってくれたよ」とみんなのパパ自慢がとまりませんでした。
 重い米俵をひょいっとかつぐ姿、田んぼで汗を流す姿、丸い木をなたであっという間に断ち切ってしまう姿・・・。子どもたちにとって、父親は力持ちでなんでもできる、あこがれの存在でしたが、戦後、男性の職場が都会に移ると、働く父親の姿は直接、子どもたちの目に触れることはなくなり父親の役割が崩壊していった・・・とよく言われています。父親不在という言葉が、現代社会の抱える問題として注目を集めた時期もありました。
でも、今回、この本を使って子どもたちとじっくり話をしてみて、父親という存在が母親とは違った、特別な居場所であることがよくわかりました。母親よりもなんだかゆとりがある、ほわーんと大きな存在のような気がしたのです。(ママの方がこわい!と答えた子どもがほとんどでした 笑)確かに、時代の流れとともに「勇ましい・強い」父親像ではなく「おもしろい・やさしい」父親像に変化してきているのかもしれません。この変化には賛否両論があるでしょうが、気負うことなくその家族の中でお互いが役割を果たしていけたら、きっとみんなが幸せに暮らせるのではないでしょうか。すべての子どもたちにとって、パパはきっと「おおおとこ」のはず。子どもたちの作文を読んだお父さん方は、きっとうれしくてたまらないだろうな・・・、そう感じた読書感想文講座の一コマでした。

読書感想文は子どもたちにとっては難しく、敬遠されがちな課題です。また、子ども以上にお母さん方が頭を悩ませてしまう課題のひとつでもあるようです。でも、もっと楽に考えてみてください。その1冊の本との出会いを楽しむゆったりとした気持ちを持てたら、子どもたちの世界を広げていける大きなチャンスがあります。
私は、子どもたちにもお母さん方にも必ずいつも伝えます。うまい文章でなくてもOK!その子らしいキラリと光る文章が一文でも書けたなら、大きな意味があるんです、と。あまりきりきりせず、お子様といっしょに、どうか一冊の本の世界を楽しんでみてください。

 第11回「勇気」ってなんだろう?
2007.4.28

けんかして自分からあやまるのも 勇気
運動会でドキドキしながら走るのも 勇気
高いとびばこを飛ぶのも 勇気
うそをつかないのも 勇気
点数の悪いテストを 自信をもって「はい」と見せるのも 勇気
残りひとつしかない試食を食べるのも 勇気
北極にいる気分になるような寒い朝、ぬくぬくしたふとんから出るのも 勇気
友達に言わないでと言われたことを言わないのも 勇気
強い人に立ち向かっていくのも 勇気
相手を思いやるのも 勇気  ・・・・・・・・・

「勇気」っていったいなんなんだろう…?
世の中では、子ども達の自殺が相次ぎ、新聞やテレビでは、大人たちが「いじめを見たら(いじめにあったら)勇気を出して誰かに相談しよう!」…と訴えていました。勇気、ゆうき、ユウキ…。聞けば聞くほど、なんだかとっても大掛かりな、特別なもののような感じがしてなりませんでした。
そんなとき、図書館で1冊の絵本に出逢いました。バーナード・ウェーバー作「勇気」。翻訳はあの九十五歳の現役最高齢の医師、日野原重明氏です。ぱらぱらとページをめくり、私は思わずくすっと笑ってしまいました。
「こんなにいろんな勇気があるんだ。すごいのから、そう、いつでもやれる冒険まで  でも、どれもがりっぱな 勇気 勇気。
大好きになった子に バレンタインの贈り物を しっかり名前を書いて贈るのも 勇気  買ったばかりのズボンがやぶけたわけを 正直に言うのも勇気  いっしょに二人がはげましあうのも勇気・・・・・・」  

今すぐ出せる勇気。うんとがんばって出す勇気。
何気ない日常の中には、数限りない「勇気」が存在するんだということを、この本は教えてくれたのです。子どもたちといっしょに、さっそく話し合いました。勇気を出せて「やったぁ!」と思った体験。勇気を出せなくて、くやしい思いをした体験。その中にはいじめを見たけど勇気を出して言えなかった…という話もありました。だけど、こうやって身近なエピソードをみんなの前で話し、「そう。それも勇気だよ。」とみんなで認め合っていく…。そんな経験を通して、自分は勇気をもってがんばって日々を過ごしてるんだ、ということに気づくことができたら…と願いました。 「外から見ると、消極的な、また受身の決断の中にも、静かな勇気が隠れている」 子ども達が書いた詩を読むと、日野原氏のこの言葉の意味が、本当によくわかります。 「詩の最後を、一文でまとめるとしたらどんな表現をしたい?」と聞くと、各クラスごとにいろいろな言葉が出てきました。

勇気って たからもの
勇気とは 自分の強い心
勇気って がんばりの結晶
勇気って 心のたんすからがんばって外に出すもの
これからの未来に勇気を!

もしもあなたなら、どんな言葉で表現しますか? 小さな子ども達にとっては、日々直面するひとつひとつの出来事が「勇気」そのものなのかもしれません。どうか、身近なところにかくれている「小さな勇気」をしっかりと見つめてあげてください。

 第10回「日本語っておもしろい!」
2006.11.13

英語では「sad」という一言で表現される「悲しい」という感情。しかし日本語では、嘆き悲しむ・号泣する・途方にくれる…等、何百通りもの表現があります。日本語独特の「類語」と呼ばれるこれらの言葉は、あらためて日本語の奥深さと美しさを私たちに教えてくれます。
作文教室では、1年生の子どもたちにも「類語大辞典」という辞書を渡し、自分が書いている場面に一番ピッタリくる言葉を見つけながら表現してもらっています。大人びた文章を書く必要はまったくないのですが、さまざまな言葉にふれることは子どもたちにとっては本当に楽しい体験のようです。
「類語大辞典」は国語辞典の2倍ぐらいの厚さがあり、作家や学者が主に使用する辞書です。実は私自身、まだ小学生では早いかな・・・?という気持ちがありました。
子どもたちは物語を書く中で「おどろいた」「うれしかった」という表現をよく使います。しかし、それが何度も何度も出てくる中で、「ちょっと表現を変えてみたらどうかな?」と類語の話をしました。これがきっかけとなり、子どもたちは辞書を奪い合うように、目をキラキラさせて言葉探しを楽しみ始めたのです。
“ 目を白黒させる、肝をひやす”“飛び跳ねる、天にものぼる気持ちになる”
「これにする!この言葉がぴったり!」
と得意気に原稿用紙に向かう子どもたちの姿を見て、小さいからこそ「本物」を与えなければならないのだということを痛感しました。
 本をたくさん読んでいるのに語彙力が増えない、という話をよく耳にしますが語彙力を増やす、というのはそう容易なことではありません。英会話が得意な友人は、「習いたてのカタコトの英語が相手に通じたとき、そのとき使ったフレーズは絶対に忘れられない。英単語をいくら暗記してもすぐに忘れてしまうのに。」と口をそろえてこう言います。日本語も同じなのではないでしょうか。自分が一生懸命考えた文章、今どうしても書きたい文章の中で、「これだ!」という言葉を見つけ、使っていく・・・。その繰り返しの中で、少しずつ少しずつ言葉の数は増えていくのではないでしょうか。子どもたちの作文を読むたびにそう思うのです。

 先月、あるクラスで「枕草子」を読みました。初めて古文を目にした子どもたちは、まったく意味がわからない様子でした。しかし、意味はわからなくてもこの古文独特の美しいイントネーションや言葉の響きを味わえたら十分です。授業の最後には、清少納言が何気ない日常の宮中の様子をおもしろおかしく綴った枕草子の中の「ありがたきもの・にくきもの」をまねて、子どもたちにも随筆文(あることについて思ったことを感性に訴える文。)に挑戦してもらいました。これは子どもたちが何気ない日常の一こまを描いた「現代版枕草子」の一部です。
 小さな喜び
朝起きてすごく髪の毛がまとまっていたとき。私はねぞうが悪いから前の夜はしっかりまとめて寝るのにいつもあっちこっちにはねている。まるでタコの足みたい。でも、すごく落ち着いていると一日が始まるのが楽しくなっちゃう。でもまた次の日にははねている・・・。もう、いやになっちゃうよ・・・。
 シャンプーやリンスのふたをポンッとあけるときなんかも幸せだ。新しいシャンプーやリンスを自分がいちばん最初に使えると思うとうれしい。 (中略)
小さな喜びって人それぞれちがうけど、お金持ちにはわからない凡人だけの喜びってたくさんあると思う。そういうのをいっぱい見つけていきたい。

本当に何気ない出来事でも、こうやって「今」を記録していくことは未来にとっての財産になります。清少納言の枕草子がそうであったように。

「なんで日本人はひらがなもカタカナも漢字も勉強しないといけないの!」なんて子どもたちは言いますが、だからこそ日本語はおもしろいのです。山梨県出身のミュージシャン「THE BOOM」の代表曲「島唄」が世界各地で「日本語」のままでカバーされているのは、ほかの国の言葉には置き換えることにできない大きな魅力が日本語にあるからではないでしょうか。せっかくこの国に生まれたのだから、思う存分その言葉を楽しんで生きていけたらいいな、と思う今日この頃です。

 第9回 「大好きな仕事を見つけるために」
2006.9.1

長い長い夏休みも終わり、秋の気配を感じるようになりました。
この夏休み中、図書館やお店などで「職業体験」をしている中学生の姿を多く見かけました。作文教室に通っている子どもたちの中にも「今日、お父さんの会社で職業体験してきたんだ。」という子たちがいました。きっと貴重な経験であったのだろうと想像します。
今日は、「読書感想文教室」で垣間見た子どもたちの「職業観」について少し、書いてみたいと思います。

 「先生、オレ、建築家に関係する本読みたいんだけど。」「オレは医療関係の本がいいな。」・・・。今年の感想文は何を書こうか、と話していたとき、中学生の子ども達からいろいろなリクエストがあがりました。いつもなら、同じ一冊の課題図書を使ってみんなで書いていくのですが、もう基礎をしっかり積んできた中学生。今年はその子にピッタリの本を選ぶところから始めてみることにしました。
 将来、お医者さんになりたいという男の子が選んだ本は「ぼくたちの生きる理由―ホスピス病棟203号室」。もうこれ以上治療することがむずかしいと診断された、末期ガンなどの患者たちが生活している横浜甦生病院ホスピス病棟での、小澤竹俊医師と患者の交流を見つめたノンフィクションです。
「もっとも心に残った場面は、小澤医師と患者との会話の場面。」と彼は言います。「小澤医師は患者が言った言葉を必ずもう一度繰り返す。はじめはなんでだろう?と思った。しかし、読み進めていくうちに同じ言葉を繰り返し言うことの真意がだんだんわかってきた。日常生活で飛び交う何気ない会話。いつも、僕達は相手の言うことに対し、『へぇー、そうなんだ。』とか『ふーん、すごーい。』とか単純な返事しかしていない気がする。それに自分の意見をおしつけがちで最後までしっかり相手の話を聞かないことがたびたびあると思う。」・・・。自分自身の日常と比較することで、彼は「話をじっくり聞く」ことが医者だけでなく人間にとってのコミュニケーションの土台となることに気づいたようです。
スイスの偉大な建築家「ル・コルビュジュ」の生涯の本を読んだ男の子は、形ばかりでなく、とにかく暮らしやすく便利な家作りを目指したコルビュジュの考え方に共感しつつ、世の中を騒がせた「耐震偽装問題」にふれ、「家」とは人間にとってどういう場所でなければならないのか、ということを一生懸命考えて書き進めていました。また、「ぼくのお父さんは建築家だ。お父さんはこんなことを言った。“何の仕事をするにしても、まじめに真剣にしないとダメだ。”」・・・。この男の子は、この本をきっかけに、お父さんととことん「仕事」についての話をすることができたようです。

「仕事は辛いものだ、みなさんはそう思っていませんか。それは間違いです。たとえばわたしの仕事、それは小説を書くことで、楽ではありませんが、辛いから止めようと思ったことはありません。止めようと思わないのは、そこに充実感があるからです。小説を書くこと以上に充実感があることは、わたしの人生にはありません。だからわたしは小説を書き続けているのです。楽ではないが止めようとは思わないし、それを奪われるのは困るというのが、その人に向いた仕事なのだと思います。そして、その人に向いた仕事、その人にぴったりの仕事というのは、誰にでもあるのです。できるだけ多くの子どもたちに、自分に向いた仕事、自分にぴったりの仕事を見つけて欲しいと考えて、この本を作りました。」
数年前、社会的ブームになった「13才のハローワーク」。著者の村上龍さんは、本の中でこう言っています。

WBCで日本チームを世界一に導き、現在もシアトル・マリナーズで活躍中のイチロー選手は、「イチロー 〜限りなき夢 少年の思い遥かに〜」という本の中で子ども達にこんなメッセージを送りました。
「何でもいいから好きなことを見つけなさい。人それぞれに好きなことは違うと思います。もし、好きなことに出会えなかったら出会えるようにしなさい。本当にやりたいことを見つけるまで、探し続けましょう。」

この夏、子どもたちが一生懸命自分の憧れの仕事について考え、文章にしてくれたのを
読んで、「まだまだ日本の将来は大丈夫!」そんなふうに思いました。一冊の本を通して、ともにいろいろなことを考えさせられた夏でした。ひとりひとりが「大好きな仕事」を見つけられるよう、これからも応援していきたいと思います。



 第8回 「春がきた!」
2006.4.12
 ヒラヒラヒーラ
桜の花びらが舞っている。車の窓に、桜の花びらがたくさんついている。公園に行くと、花がキレイに色をつけていた。すると、ピーチューチューと鳥たちが、公園を学校のように楽しく遊んでいた。まるで、人のように遊んでいた。鳥の巣からは、鳥たちがえさをつかまえようと、巣を出たり入ったりしていた。ありだって、巣からたくさん出てくる。と、その時、サァーとやわらかい風がふいた。やさしい桜のかおりがした。やっぱり、自然に色がつくと、人の心がウキウキして、目の前が明るくなる。木にはみどりの葉がつき始めた。ピンクの丸い実もつき、冬とはちがう木になった。
 帰りに、スーパーに寄った。今、旬の食べ物をさがしに。パン屋には、期間限定のうぐいす豆パンやさくらあんパンなどがあった。まるで、パンの上に、その季節がのっているようだ。フルーツ売り場で、一番人がいたのはやっぱりいちご売り場だった。赤く大きないちごばかりだった。野菜売り場では、菜の花漬けやたけのこ、ふきのとうなどがあった。和菓子売り場では、ヒヤッと冷たいさくらようかんや、さくらあられがあった。スーパーは、季節によって売っているものがちがうからおもしろい。私たちのまわりでは、季節の変化がたくさんある。しっかり観察すると、季節の変わり目を見るのが楽しくなる。
 今年もまた、春が来た!

 先週の授業は、野外へ出かけて子ども達が大好きな「春さがし」をしました。風に舞う桜の花びらを追いかけ、お花屋さんや魚屋さんにインタビューをし、とっておきの春の到来をパチリとカメラにおさめ…。やっぱり、季節を感じるのは教室の中よりも外へ出るのが一番です。教室の中で「春といえば?」と問いかけても「さくら、チューリップ」ぐらいしか返ってきませんが、ちょっと外に出るだけで新しい発見がたくさんあるものです。
冒頭の作文は、5年生の女の子の作品です。ものの10分もかからぬうちに、一気に書き上げました。この作文のテーマは「間接的描写」。「春」という言葉を最後の最後まで使わずに、いかに「春」を表現できるかというのが大きなポイントです。

 山梨に来てからも、山梨に来る前も、私はこの季節になると必ずこの授業をしています。同じ「春」の到来のはずなのに、毎年ちがった「春」を子ども達が表現してくれるのです。秋の次に冬が来て、冬の次に春が来るという確かさ。四季のある日本に生まれた喜びを感じずにはいられません。

 今回の授業で出かけた場所は決して自然豊かな森や山ではありません。大きなマンションの前にある小さな公園です。しかし、子ども達はその公園の中で、またそこに行く道すがら、様々な発見をしています。道端に落ちている桜の花びらを見て「どこから飛んできたんだろう?きっとこの近くに桜の木がある!」と目を輝かせた子、大きな大きな木を見上げて「鳥の巣がある!」と叫んだ子、花屋の前で「わぁ、いいにおい!」とうっとりした表情をした子。森の中でなくても、ちょっとした自然が子ども達の五感を研ぎ澄ましてくれます。そして子ども達もまた、それを敏感にキャッチするのです。
何気ない日常がドキドキしたものに変わる瞬間。そんな瞬間を、今年もたくさんたくさん子ども達と一緒に味わっていきたいと思います。

 バックナンバー
第1回「感じる心(感性)」
第2回「もっと・いっぱい・だっこ」
第3回『知識』と『体験』が結びつくとき
第4回 いのちはみえるよ
第5回 “花言葉”に込めたメッセージ 
第6回 いえでででんしゃはこしょうちゅう?
第7回 会ったことがなくても ともだちはともだち
第8回「春が来た」
第9回 「大好きな仕事を見つけるために」
第10回「日本語っておもしろい!」
第11回「勇気」ってなんだろう?
第12回「読書感想文から得られること」
第13回 新潟中越沖地震「いま、わたしたちにできること」

Close Up
本格的幼児英語保育プリスクール開校!
コーチングを取り入れた話し方レッスン教室!
基礎から学べるサーフィンスクール!
Shall we Dance? ジュニアからシニアまで楽しくダンス!
ひとりひとりの目標に!のびる学習塾!
こどもから大人まで習えるバレエ教室!
プロフェッショナル指向のウェブデザインスクール
Education
教育機関・施設リスト
保育園
幼稚園
小学校
中学校
高等学校
短期大学
大学
専門学校
特殊学校
職業訓練校
体験教室
生涯学習
団体
図書館
動物園
植物園

博物館
資料館

美術館
Access Ranking
人気のお教室はコレ!
アクセスランキング
New Site
ウェブデザインを学べるスクール開講!
New Site
2007!秋のキャンペーン実施中!
New Site
新着サイトの紹介
Links
お役立ちリンク集
Links
県外の教室・スクール
紹介
Presentation
教育訓練給付制度って?
習いたいネットとは掲載の案内お教室会員募集免責事項プライバシーポリシーリンクについて
Copyright(c)2003.Naraitai.Net. All rights reserved.